行けるところまで行ってみよう

1年たつのは早い。早すぎる。ここまできたら行動あるのみ。後悔先に立たず。

『マーダーボット・ダイアリー』 人間嫌いでコミュ障の警備ユニットが敵と闘い顧客を守り抜く、コミカルでほっこりなSF宇宙冒険小説

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いやーおもしろかった!

キャラ、設定、ボリューム、訳、どれをとっても文句なし。

作者マーサ・ウェルズの発想と筆力に感服、座布団10枚あげたい!

ほんと、楽しませてもらった。

『マーダーボット・ダイアリー』 マーサ・ウェルズ

あらすじ

人類が宇宙に進出した遠未来。人型警備ユニット「弊機」は、過去に大量殺人事件を起こし記憶を消されたが、自ら統制モジュールをハッキングして自由を手に入れた。しかしこれといってやりたいことがなかった弊機は、自由になったことを隠して任務を続けていた。そんな中、弊機はある惑星の資源調査隊の警備を任される。退屈な任務だったが、サンプル採取中の顧客が突然クレーターの底に潜んでいた何者かに襲われた。顧客を助け出した弊機は、負傷した弊機を心配する顧客、警備ユニットを人間と同等の存在として扱おうとする顧客に戸惑いを覚え旅に出る。自分が犯した大量殺人事件の真相を探るうちに悪徳企業の策略にはまってしまうが、顧客(人間)と協力して解決する。

感想とか

何といっても、キャラがいい。

自身のことを「弊機」と呼ぶ主人公の警備ユニット(人型アンドロイド)は、人間嫌いで内省的、愚痴っぽく屈折した思考の持ち主。趣味は、娯楽メディア(主に連続ドラマ)の視聴で、何時間も耽溺するほどの入れ込みよう。一方、警備ユニットとしてはとても優秀で高度なハッキング能力にたけ、危機的状況にも瞬時に判断、行動できる頼れるヤツだ。

そんな弊機の愚痴っぽいぼやき調の語りがたまらない。クセになる。「ですます調」でどこか他人事のように語っているのに、危機的な場面では緊迫感がひしひしと伝わるのはどうしてだろう。不思議だ。

弊機のぼやきと闘争能力のギャップに萌え、時々苦笑、時々爆笑しながら読了。

設定もわかりやすくていい。

「悪徳企業 vs 弊機と顧客たち」という構図だ。正義と悪の対決みたいな。

悪徳企業は違法行為で金儲けを企み、弊機はその証拠をつかんだために狙われるというわかりやすい展開は、私のようなSF初心者もとっつきやすい。

本作はもともと中編で刊行された4つの作品を時系列に1冊にまとめたものだ。4つの物語が一話完結しながら進むため、上下2巻の長編を読んでいる感覚はなく読みやすかった。

コメディ感が『銀河ヒッチハイク・ガイド』、AIが人間と旅をして裏切り者と闘うところが『叛逆航路』他2編(アン・レッキーの三部作)と似ているかな、なんとなく。中身は全然違うけど。

とにかく翻訳がいい

自分のことを「弊機」と呼ぶ警備ユニットだが、原書ではどうなっているのか気になったので調べてみた。

第一話「システムの危殆」の冒頭。

 I COULD HAVE BECOME a mass murderer after I hacked my governor module, but then I realized I could access the combined feed of entertainment channels carried on the company satellites. It had been well over 35,000 hours or so since then, with still not much murdering, but probably, I don’t know, a little under 35,000 hours of movies, serials, books, plays, and music consumed. As a heartless killing machine, I was a terrible failure.

この部分の翻訳がこちら。

 統制モジュールをハッキングしたことで、大量殺人ボットになる可能性もありました。しかし直後に、弊社の衛星から流れる娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、三万五千時間あまりが経過しましたが、殺人は犯さず、かわりに映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、たぶん三万五千時間近く耽溺してきました。冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。

これを読む限り、日本語版の「弊機」は、原書ではただの「 I 」。

やっぱりというか、なるほど。

「弊機」と訳すことで、警備ユニットが屈折した性格(人間じゃないから性質?思考?)の持ち主だということが何となく伝わってくるし、どことなくコメディの雰囲気をまとわせることもできる。

本作が第7回日本翻訳大賞を受賞したのも頷ける。技あり!

中原尚哉さんの訳が、本作のおもしろさをバージョンアップさせたことは間違いない。