行けるところまで行ってみよう

1年たつのは早い。早すぎる。ここまできたら行動あるのみ。後悔先に立たず。

『熊と踊れ』 暴力に支配された少年時代を経て、暴力をコントロールするはずが暴力と一体化してしまった

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上巻は確かにまどろっこしい。読むのがつらい。

しかし。 

声を大にして言いたい。

上巻は何とか読んでほしい。あきらめてはいけない。

そうすれば、下巻は一気に加速する。

人間の強さと脆さを突きつけられて茫然とする。

あまりにも切ない。

『熊と踊れ』 アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ

暴力。

今まで生きてきた年月で、これほどまでの暴力を目にすることがあっただろうか。

これほどまでに家族の絆を誇り、お互いを信頼し固く結ばれた兄弟を、私は知らない。


暴力的な父のもとで育った10代後半から20代の三兄弟と幼馴染の4人が軍の武器庫から大量の銃や爆薬を盗んだ。4人は盗んだ武器を使ってまずは現金輸送車、その次は銀行を襲い始めた。銀行を1行。2行同時に。爆弾も仕掛ける。そして3行同時に。統率のとれた動き、ためらうことなく軍用銃を発砲する彼らは「軍人ギャング」と呼ばれた。幼い頃三兄弟、特に長男のレオは父に暴力で支配されていた。父と訣別し兄弟の面倒をみながら、レオは銀行強盗を計画し実行に移していった。父の代わりに、今度は自分が家族のリーダーとして。スウェーデン市警のブロンクス警部は4人組を追うがなかなか実態がつかめない。やがて強固だった兄弟の絆、信頼関係に綻びが見え始め、事件は思わぬ結末を迎える・・・という話。


驚いたことに、この物語はほぼ実話だそうだ。

そしてもっと驚いたのは、作者の一人、ステファン・トゥンベリは「軍人ギャング」三兄弟の実の兄弟(レオの下、次男)だ。

もちろん物語は完全なノンフィクションではない。軍人ギャングが起こした事件のほとんどは事実に基づいているが、ブロンクス警部は架空の人物だし、事件が起きた日付やその他の登場人物にも若干の変更が加えられている。

作中で三兄弟が目にする情景はステファン・トゥンベリ目線のものもあるそうだ。

読んでいる最中はそんなこと知らなかったが、どうりで内容が濃いはずだ。リアルでゾワっとする。


この物語のテーマは「暴力」と「犯罪」。

暴力と共に育ち、暴力に支配された息子たち。長男だったレオは誰よりも父の暴力を近くで感じ、逃げ場がなかった。父に暴力を強要され、抵抗しながらも当たり前のように暴力を振るってしまう。

やがて父から離れ、自分は暴力をコントロールできるようになったと思ったレオだったが、暴力で他者を服従させるその姿を見ると、やっぱり暴力に支配されていると思ってしまう。

たまたま生まれてきた家庭に暴力的な父がいて、家族全員を暴力で従わせ、それを家族の固い絆だと思い込ませる。逆らえない子どもたち。気丈にふるまう子どもたち。そんな子どもたちが暴力を手にしたことで犯罪を犯していく。なんとも切なくて悲しい。


物語は今(武器を盗み、計画通り銀行強盗を犯す現在)と過去(父に支配された子ども時代)が交互に語られる形で進む。

前半(上巻)は、三兄弟が計画通り犯行を重ねていくパートなので、ふんふんと読み進める。上巻が終わる直前に何やら怪しい雰囲気が漂い始めスイッチが切り替わる。そして下巻では三兄弟、特に長男レオの信念(と本人が思っていたもの)が徐々に壊れていく様が緻密に描かれ、ラストを迎える。

犯罪に走るメカニズムというか、犯罪者の心理状態の変化がとてもリアルで、犯罪の背景ともなる暴力についてさらに考えさせられる。


それにしても、スウェーデンという国。たしかノーベル賞の国だ。

勝手な思い込みかもしれないけど、平和な国、自然豊かでちょっと寒いところの国ってイメージがあった。

でも実は違う?

「ミレニアム」シリーズといい、「制裁」(途中で棄権)や本作といい、スウェーデンの実社会には実はこんな暴力が普通にはびこっている、なんてことはないよね?

あまりにもリアルな小説を読むと、現実との境がわからなくなる。